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ラブレターフロームカナダ

ラブレターフロームカナダ

幸子の日記3、1~18話

幸子の日記3、第1話、再出発


「明日発つことにしたよ、チケット今日もらってきた、、」

「荷物だけとりに行くなんて言わないで
もう一度しっかり勉強してきなさい、家のことは心配しないでいいから」

母の顔はかなりやつれていた。
それでも私に心配かけまいとして
精一杯の笑顔で話していた。

「あ、そうだ、あなたに言い忘れたいたわ、マイクさんって言ったっけ?
前にあなたが結婚を前提に付き合っている男性が現れたって
言ってたでしょ?」

マイクと付き合い始めて浮かれ気味だった私は
すぐに実家に電話をしてマイクの事を両親に打ち明けていた。
その数日後に私はマイクに捨てられ、
彼の名前を両親の前では言わないようにしていた。

遠の昔に忘れているものだと思っていた。


「お父さんがね、そりゃ喜んでいてね、
幸子もついにいい人が出来たか、ってね、
すごく会いたがっていたわ、マイクさんに、、、」

両親が私の不倫に気がつかないはずはなかった。

携帯を眺めながら過ごす週末を
両親はいつも見ていたに違いない。
こんな私でも彼らにとっては大事な娘だった、
その娘の一喜一憂に気づかないはずはなかった。

口には出さなかったがいっぱい心配をかけていただろう。


「今度帰ってくるときはマイクさん連れて帰って来れない?
お父さんにね、見せてあげたいの、、
幸子もようやくいい人が出来たよ、ってね。」


マイクだった、
父が会いたがっていたのはマイクだった。
私が口を滑らしたとは言え、
父はずっとマイクの名を母に言っていた。




明日出発するために
スーツケースに荷物を詰めなおしていた。

母は疲れながらもスーパーに行って
沢山の日本の食材を買って来ていた、
私のためだった。

スーツケースがなかなかしまらず、
私はスーツケースの上にのり、
全体重をかけてみた。

下を向いたとき
冷たい何かがあごにあたった。

小さいダイヤのついたペンダントだった。

きらきらしていた。
その光り方は懐かしいあのペンダントと重なった。

「あ、これだったんだ、、」


それは父からもらった貝殻のネックレスと同じようにきらきらしていた。
記憶の線がつながりだしたばかりだった。

父に貝殻のネックレスを首にかけてもらったとき、
とてもくすぐったかった。
とても大事にされていて、愛されているという実感、
そしてそれは永遠のものだと信じていた、、。



「ばかだね、私って、、、もう遅すぎたよ、、、、」



心の奥底を
何かにキュッと締め付けられたようだった。

涙が頬をつたいペンダントは涙色になっていた。

第2話、遺言

久しぶりのバンクーバーは寒かった。

大きく息を吸い込むと
冷たい空気が鼻をとおり肺に入っているくるのがわかった。
冷たさを感じただけで
自分が生きているんだという実感がわいた。

日本に居たときは
父の死とともに私の心までもが死んだようだった、
いや、そのまま死んでもよかったとさえ思っていた。


「生きてることに感謝しなくちゃ、、、」




タクシーをつかまえ、
空港からそのまま自分のアパートまで帰った。

私の部屋はあの時と同じだった。
日本とは全く違うカナダの匂いに私は懐かしさを覚えた。
父が生きていたあの頃には戻れない、、
そんな感情が胸を締め付け、嗚咽になって
口から吐き出された。


留守電に4つのメッセージが入っていた。

「幸子、コアラだけど、また帰ったら連絡頂戴、待ってるから、、」


ピーーーーーーーーーーーー

「えっと、マイクだけど、君の友達のコアラちゃんから聞いたよ、、
、、、、、、、、なんて言っていいのかな、、大変だったね、
僕に出来ることはなんでもしたいから、、、電話待ってる」


ピーーーーーーーーーーーー


「幸子、ゾウだけど、大丈夫?コアラから聞いたよ、お父さんどうなったの?
また連絡するね、なにかあればすぐに電話してきてね、」


ピーーーーーーーーーーー


「幸子、メリークリスマス、今日は幸子と過ごしたかったけど、
嫌われちゃったのかな、、、いつでもいいので電話ください」




ニックからだった。


今思えば簡単なことだった。
すぐにニックに電話して、ただ「会いたい」と告げればよかったのだ。
でもそのときの私は
父の言葉を大きく受け止めすぎていた。


「死人にくちなし」とはよく言ったものだ。
父は最期までマイクの名前を言っていた、
そして父が死んだ今はそれが永遠となる、
変えることは出来ないと決め付けていた。


首からそっとダイヤのペンダントをはずし
日本から持ってきた貝殻の宝石箱に入れた。


「思い出がまた一つ増えたかな、、、」


細いチェーンのペンダントは、貝殻のネックレスの間に埋もれていった。

ただただ馬鹿な女だった。


第3話、抱擁

「とりあえず、電話しないとね、、、」

疲れた体を起こし、
一番最初にかけたのはコアラちゃんのところだった。
今回のことで彼女にはかなりお世話になった。



「コアラです、ただいま電話にでれません、ピーっという発信音の後に、、、、、、、」


「もしもし、幸子です、えっと、色々迷惑かけてごめんね、家の方も落ち着いて
今日帰ってきたよ、また明日にでも電話します、じゃ、、」


その次にゾウさんのところにかけてみた。
無愛想なテンポラリー彼氏が出てきて、
彼女は外出だ!とぶっきらぼうに言われ、そのまま電話を切られた。


「はあ~~~~っ、、、」

肩を落としながら大きなため息をついた。

「マイクを先にするか、、、」

ニックは最後に電話をしようと思っていた。
その方がゆっくり時間が取れそうだったからだ。

電話をかけようとしたときにインターフォンが鳴った。



「幸子?あ~よかった、帰って来てたんだね、今
下にいるんだ開けてくれない?」


「え?来てくれたの?」


「君に会いたくてね、、、何度も電話したよ、いつ帰ってくるかって早く知りたくて、、」


「ちょっと待って、今開けるから」


1分もしないうちに彼はドアまでやってきた、
エレベーターを使わずに階段を駆け上ってきたようだった、
息が荒かった。


「幸子、会いたかったよ、、」

彼はそれだけを言うと、
大きく両手を私の方に向けて広げた。
ハグをしてくるんだと思った。

私は彼の届く範囲にいたのに、彼の手は迷子になったように宙に浮いていた。


彼のあの言葉を思い出した。
「幸子の嫌なことは絶対しないから、、、」

彼はあの夜からずっと私を壊れやすいものの様に扱ってくれていた
それはまるで「取り扱い注意」の札が体のどこかに
張られているかのようだった。


迷子になった手を両手で優しくつかんで
自分から彼の胸に飛び込んだ。
彼の体が少しビクッと揺れたが
すぐに彼は私をきつく抱きしめた。
全身の力が抜けるぐらい強い抱擁だった。

私は全体重を彼の体に預けた。
どんどんと気持ちが楽になっていた。

心の中にあった冷たいアイスがどんどんとろけるような
そんな感覚を覚えた、
彼の体が暖かかったからだ。


私の唇をそのまま彼の唇に重ねてみた。
それはお互いの気持ちを確かめ合うような長いキスだった。




「お父さん待っててね、私のいい人を連れて帰るから、、、」

心の中でそっとつぶやいた。

ニックに電話することなど忘れてしまっていた。

第4話、同棲

それから1週間が過ぎた。


1月末にはその時住んでいた部屋を引き払い、
その後はマイクと住むことになっていた。

いわゆる同棲というやつだった。

夢にまで見たマイクとの新生活なのに、
心の奥で何かがひっかかっていた。


3月には私のビザがきれる事を話すと、
マイクもニックと同様コモンロービザの申請をしようと
言ってきた。


「有難う、でも、ちょっと落ち着くまでビジタービザを更新するわ、、」

自分の心の中が全てクリアになるまで
コモンロービザを誰かと申請するのが恐かっただけだった。


マイクは落胆の気持ちを隠せずに悲しそうなまなざしでしばらく私を見つめていた。




コアラちゃんは1月からのコースを取り始めていた。


「もう1タームとってみたら?」

そんなマイクのアドバイスによって
私は1月から始まるクラスをまたとった。


新しいクラスでは
また恋愛合戦が目に見えぬ水面下で始まっていたが、
私とコアラちゃんはかなり落ち着いていた。
彼氏ができた私達にとって
なんちゃってコンパに参加する意味がなくなったからだ。


「今週末にパーティしようと思ってるんだけど、
ほら、覚えてる?前のクラスの女の子達にせがまれていた話し?
まだ私の彼氏に会いたがっているからね~
今週末ぐらいになんかしようかな、って思ってね、

幸子の帰り待ってたんだ。」


「誰呼ぶの?」


「そうそう、言いだしっぺのみきちゃん
去年の暮れに帰ったじゃない、
だからその友達のキリンちゃんって子と、彼女の友達が何人か来るいたい、、」


キリンちゃんとはかわいい子だった。


「マイクも連れてきていいよ」


「う、うん、ちょっと彼の予定聞いてみる」



マイクなど連れて行く気は毛頭無かった。


「もしこれがニックだったら、どこへでも連れて行けるんだろうな、、」


そんな考えが脳裏によぎった。


人ごみの中で迷子になっていた。
ついさっきまでニックと一緒に居たはずだった。
彼の暖かい手は私の手を離さずにしっかりつかんで
二人で前に進んでいた、光の差す方向へと。

それを自分からほどいてしまったのだ。



「無くした時にその有り難味が分かっちゃった、、
父の死と同じだ、、、本当私って馬鹿だな、、、、」




もう後には戻れなかった。

第5話、情熱

金曜日の夜だった。
明日はコアラちゃんの家でパーティがあるので、
どの服を着ていこうかとクローゼットを覗いていた。

大事な友達の彼氏に初めて会う時なんだから、
目立たないシンプルな服を探していた。



「ニックからもらったのは全部駄目ね、、ユニクロのがいいかな、、」


私はシンプルな、あまり胸の開いていない物を選んだ。
下はもちろんパンツにする予定だった。

選んだ上下を着ることにした。
鏡の前に立ってその上下で合うかどうか確認したかったからだ。


「大丈夫よね、、これで行くか、」


インターホンが鳴った。


「僕だよ、開けて、、、」

マイクだった。
少し酔っ払った声をしていた。


「今日友達と飲みに行ったんじゃなかったの?」

私はそういいながらドアを開けた。
深夜12時過ぎの訪問は、
親しい間柄にしか許されない時間帯だった。


ドアから勢いよくマイクが現れた。


「幸子に会いたくってね、来ちゃったよ、」


そう言いながら彼は私をきつく抱きしめた。
酒臭かった。


「酔ってるんでしょ?」


少しきつめに言った。


「酔ってるからって?いいじゃん」


彼はそう言いながら、
私をベッドに押し倒した。

彼の情熱は今まで我慢してきた火山が噴出したかのように
激しかった。
私の心はまだ準備が出来ていなかったが
抵抗できるほど彼の情熱は優しくはなかった。



目をつぶるとニックの後姿が見えた。
どんどん遠ざかっていく、

何かが終ったように思えた。




朝目覚めると、
私の隣でマイクがあどけない顔で寝ていた。


私の物音に気づいたのか
マイクが目覚めたみたいだった。


「今日、コアラちゃんのパーティ行くんでしょ?
僕も誘われたよ、、」


「誘われてたんだ、、じゃ、一緒に行こうか、」


少し作り笑いをして答えた。


「あたりまえじゃん、」

彼は幸せそうな顔でこっちを見ていた。


これで私は幸せになれると思っていた。

朝一番の珈琲は少しだけマイクの香りがしていた。

第6話、伴侶

コアラちゃんのパーティに2人の若いかわいい日本人が来ていた。
キリンちゃんとその友達らしかった。

そのほかにはゾウさんも来ていた。
もちろんゾウさんの彼氏はいつものごとく来ていなかった。
彼女は来週、日本に帰る予定で、
言ってみればそのパーティはゾウさんの送別会を
兼ねてのものだった。
それなのに彼が来ないというのは少し変な話だった。



キリンちゃんは日本でモデルでもしてたんじゃないかと
思わせるぐらい
身長が高く綺麗だった。
本人もそれを分かっているのだろう、
立ち振る舞いまでもが美人だった。

キリンちゃんの友達の理恵ちゃんと言う子もキリンちゃんと釣り合いが
取れるぐらい綺麗で身長の高い子だった。



類は友を呼ぶのか?
美人は美人としか友達になりたくないのか、
ブスはブスとしか友達になれないのか?

そんなどうでもいい事をしばらく考えていた。




若い二人は、恥ずかしかったのか、
最初は私達とばかり話していた。

パーティも中盤に入るごろには
かなりなれてきたのか、
二人はマイクと話し込んでいた。




「ちょっとやばいんじゃない、あの若い二人、、」

言い出したのはゾウさんだった。

「え、うん、別にいいの、気にしないようにした、、」

建前だった。
本当は心の中は嫌な気持ちでいっぱいだった。
あの中に割り込んでマイクをどこかへ連れて去りたい
そんな衝動にかられていた。




「それより、彼とはどうなったのよ?」


「あ~、あいつね、最悪だよ、
この前も私の目の前で別の日本人の女の子に電話してるんだよ、
私が寛容な女だと勘違いしているみたい、、、
もういいんだ、日本には彼氏が待ってるし、
私と結婚したがってるしね、
彼と結婚してもいいかな、、って最近思うようになってきた、、」



ゾウさんは二人の男の狭間で揺れていた。
人事ではないその状況に
私の心の奥で何かがキュンとした音を立てているようだった。



「ど~お?楽しんでる?」

「あ、うん、素敵なお家だね、
さすがリアルターだけあっていい家選んでるよね、」

コアラちゃんは照れたように笑っていた。

素敵な家だった、
コアラちゃんの彼氏、ポールの手作り料理も美味しかった。
きっとコアラちゃんに恥を欠かせないように
一生懸命今回のパーティを計画したのだろう、、。


「うん、私もこの家好きなんだ、
でもね、まだまだローンいっぱいあるみたい、、
リアルターってかなり不安定な仕事みたいでね、
彼、去年から学校行きなおしたんだって、、
私達の将来の為にもっといい仕事見つけたいってね、」


彼女の笑みは幸せにあふれていた。
ゆるぎない愛を築いているが誰の目から見ても分かるぐらい
二人の絆は強いように思えた。




「コアラちゃん、すごく愛されてるね、、、」

そういいながらマイクの方に目をやった。

二人の女の子としゃべっているマイクを遠くに感じていた。

第7話、助手席

「それでさ、キリンちゃんたちと何話していたの?」

冬の夜は早い、
まだ6時だったのに外は暗かった。
ダウンタウンへ向かう高速道路はかなり混んでいた、
きっと若者達が夜の街へ繰り出していたんだろう。



「仕事の話さ、あのキリンちゃんって子、僕と同じような仕事してたらしい、
日本でね、それで彼女かなり興味持っちゃって、、、」


「それで、連絡先、っていうかメールアドレス教えたの?」

頑張ってさりげなく聞いた様に装った。


「ううん、何か聞きたいときは幸子を通してって、言っておいたよ、、」


「あっそう、、、」

嬉しかった、ただすごく嬉しかった。



「心配してるんだろ、同じ過ちは二度としないよ、
今度同じ事をすれば、今度は本当に幸子を失うことになるからね、
僕も必死さ、、、」


私の考えていることなんて全部見透かされていた。

マイクは髪が薄い、
横から見るとそうでもないが
上から見下ろすと
昔テレビで見た、ドリフの加藤茶の禿げちゃびんみたいな
禿げ方をしていた。
あれほど酷くはなかったが、
あと15年もすれば絶対にあれに近くなるだろうと
容易に想像できるような禿げ方だった。

彼が早く禿げる事を心の中で祈った。
きっと“禿げちゃびん”になれば
女の子もそんなには寄ってこないだろうと言う
自分勝手な理由だった。




彼は車についてある時計に目をやった。


「こんなに暗いのにまだ夕方の6時だよ、、
これからどこへ行きたい?」


「あなたとならどこでもいい」


傷つかないように
心の周りにバリアを張り巡らしていた。
きっとそれは氷で出来ていたんだろう、
マイクの優しい行動でどんどん溶けていくように思えた。


「あのピンクの日記帳に今日の事を絶対書こう、、、」

そう心の中でつぶやいた。


高速道路は終え、ダウンタウンに入ってきた、

このドライブが永遠に続けばいいと思った、
ずっとマイクの助手席に乗っていたいと
そう思えるようになっていた。

第8話、素直

その日はゾウさんが日本に帰る日だった。

午前は授業があったため、
直接空港で会う約束をしていた。

ゾウさんは無理してこなくていい、
って言い張ったが
彼女がカナダを去る最後の日ぐらい一緒に居たかった。


授業を少し早めに終わり
バスで空港に向かった。

思ったより少し早く空港に着いた、
待ち合わせの場所、銅像の前に足早に歩いた。

私はてっきり
ゾウさんと彼が最後の別れを惜しんでいるものだと思っていた。
最後ぐらいは、
そう、最後ぐらいは普通の恋人のように別れてもいいんじゃないかと思ったからだ。




私の予想は外れていた。



ゾウさんは一人ぼっちで銅像に向かって座っていた。
周りを見渡しても
誰も居なかった。

ゾウさんの背中が小さく見えた。


「ゾウさん、、、」

ゾウさんは急いで振り向いた。


「幸子、、、来てくれて有難う、、」


彼女は寂しそうに笑った。
そのまま彼女の横に腰掛けた。

しばらく沈黙が続いた後、
ゾウさんが話し出した。


「やっぱりね、あいつ来なかったよ、、、
今日はチエって子とデートなんだって、、」

私の方を見ないで話しを続けた。




「最後まで彼に何も抵抗しなかった、、、
彼の前でわがままなんて言ったことなくて、
理解のいい女演じ続けてたな、、


こんなに自分が傷ついていたなんて気づかなかった」



ゾウさんの目から涙がこぼれそうだった。




「なんでこんなに心がぼろぼろになるまで頑張ったんだろう、、、」


私はゾウさんの肩をそっと抱いた。
ゾウさんは私の肩に頭をもたげてきた。



割り切って出来る恋愛なんてゾウさんには無理だったのだ。

頑張って
我慢して
無理をして
強い女を演じていた。

結局得たものは
辛い経験と苦い思い出だけ。


「こうして欲しいんだ、、」

って素直に言える女性になれれば
どんくらいこの世の中が生き易くなるんだろう、、
その時の
私達には想像が出来ないぐらい
難しいものに思えていた。


「お互い絶対に幸せになろうね、、」

第9話、父


自分の部屋で過ごす最後の夜だった。

マイクとの関係は思っていた以上にうまく行っていると思えた。
彼は以前にも増して私を大事にするようになっていた。

素直にそれがとても嬉しく思えた。


だか、彼と一緒に住むということにはかなり躊躇していた。




「ニックとの連絡が取れなくなるな、、、」

ニックを忘れようと決めたはずだった。
それなのに自分の部屋で過ごす
最後の夜はまだニックのことばかり考えていた。



「自分で決めたことだし、、、早くマイクをお父さんの仏壇の前に
座らせなきゃ、、、」

父が会いたがっていた。



そう思いながらグラスについだワインを一気に飲んだ。
飲みすぎたのか、体がだるかった。


何かを感じた、
玄関のドアの方だった。






誰かが立っていた。

見覚えのある姿は懐かしさを帯びていた。




まったく驚かなかった。






「お父さん、、、」


父は少し青白い顔をしていた。


「やっと私の住んでるカナダに遊びに来てくれたんだね、、」


父はしっかりとそこに立っていた。
ワインを飲み過ぎたせいなのか、
先月父が死んだことなど忘れてしまっていた。



「ああ、お前のことは心配でな、
ほら、敏子は賢治さんがいるだろう、あいつはもう心配ないが
お前はまだ一人だし、いい人を見つけて幸せになってもらわないと
お父さんも前に進めないよ、、、」


お父さんはゆっくり私の方にやってきた。
そしてゆっくりとカウチに腰かけた。

私は自分の右手に目をやった、
空のワイングラスを持っていた。


「お父さんワイン飲む?」


「ああ、ちょっとだけな、、」


私はキッチンに行き、自分のグラスと、
新しいグラスにワインを注いだ。


「はい、これお父さんの、、」


父はゆっくりとワインを飲み始めた。



「お父さんに聞きたいことがあるんだ、、、」

父は何も言わず私を見ていた、
優しい眼差しだった。


「どうしたらいいかわかんないの、何もかも、、、」




「分からないのなら答えをすぐに出そうとするな、
答えなんか知らない間に出るもんだ、


自分のしたいようにしなさい、そのかわり
自分で決めたことは自分で責任もてるぐらい
お前は強くならんといかんな、、、」



「わかった、、、頑張るよ、、、」


父を近くに感じていた。
深く目を閉じた。



「お父さん、今日は来てくれて有難う、落ち着いたよ、、」




朝が来ようとしていた。

荷物は全て箱に詰めていた。


リビングには
2つのワイングラスと私一人だけが取り残されていた。

第10話、豪邸


マイクは色んなパーティに私を連れ出した。
そのほとんどは仕事関係のパーティが多かった。

その日も仕事関係のパーティへ連れて行ってくれた。

ノースバンクーバーにあるそのお家は、
窓から少し海が見えていた。

玄関を開けると、昔映画で見た“風と共に去りぬ”を思わせるような
赤い絨毯は敷かれた長い広い階段が目に入った。



「もう使わなくなったオペラハウスの階段を買い取ったんだ、、」


その家の持ち主の男性が答えた。
年のころは60を過ぎた頃だろうか、
髪は白髪だが
肌はつややかだった。
老人というよりも
素敵な老紳士というイメージの方が強かった。

着ている物も高価なものをきているのだろう、
全てにおいて品があった。

6ベッドルームに一人で住んでいるというその男性は
私達をキッチンに連れて行ってくれた。

そこには沢山の人が居た。
ほとんどの人は、医者、弁護士、レストランオーナー、デザイナー、会社経営者
色んな素敵な肩書きの人が並んでいた。

みんなワイン片手に個々におしゃべりを楽しんでいた。
来ているものを何処のブランドなのか、
いつもユニクロを着ている私には分からなかったが、
高価なものを着ているということだけは分かった。

女の人たちは、
赤い唇に
赤いマニキュア、
指や首にはキラキラしたダイヤがいっぱい輝いていた。

そんな人たちが囲むテーブルには
どこかのお店で注文したのだろう、
素敵な大理石のお皿に
見たこともないチーズや、ハム、果物が
まるでどこかの絵画から抜け出したように飾られていた。



「かなり場違いかも、、、」

かなり怖気づいていた。
マイクは仕事の話で忙しそうだった。
私は一人、何をしていいか分からず、
かといって誰かに話しかける勇気もなく、
手に持ったワイングラスを見ていた。






「日本人でしょ?」

この家の持ち主のグラントが話しかけてきた。



「え、あ、はい、」


彼からは男性物の香水の匂いがした、
嫌な匂いじゃなかった。


「昔、5年ほど住んだことがあるんだ、仕事の関係でね、、
5年も居たのに日本語がなかなか覚えられなくてね、
やっと覚えた日本語も忘れかけているよ、、、」

そう言いながら微笑んだ彼の笑顔は紳士そのものだった。



「よかったら、今度日本語教えてくれないかな?」


いきなりの申し出にびっくりした。


「僕とマイクは仕事では長い関係で、プライベートでもいい友達だよ、」


私がとてもビックリした顔をしたのでそうフォローしたのだろう。



「幸子の時間に合わせるよ、僕はもうリタイアしてるからね」


そう言ってお茶目にウインクした。



「こんな素敵な家に毎週来れたらいいだろうな、、、」

そんなことを考えていた。



「ええ、じゃあ、時間があるときでいいなら、今度連絡します」


初老の男性だと思ってかなり無防備な自分がいた。

空になった私のグラスにグラントはワインを注いでくれた。
彼の方に目をやり、
有難うと言う変わりに微笑んで見せた。

そのワインを一口飲みながら
マイクの方へ目をやった、
まだ彼は仕事の話を続けていた。

ちょっとだけ寂しかった、、、。

第11話、後姿


「あのね、この前のパーティでね、
グラントに日本語教えて欲しいって言われたの、、」

私達はダウンタウンにある日本料理の居酒屋に来ていた。
ニックとも数回きたことのあるレストランだった。



「そっかあ、彼は日本に住んだことがあるしね、日本にすごく興味があるよ、、」


彼はそう言いながら
ウエイターを見つけたのか
彼は片手をあげた。


「オチョウシモウイッポン」


私の教えた日本語を使っていた。

彼の日本語の発音はかわいかった、
小さい子供が言葉を覚え始めたような感じだった。



「でね、どう思う?」


「教えてあげたら?
彼は色んな事を知ってるよ、楽しい男だよ、
幸子もああいう友達ができると色んな意味で勉強になるんじゃないかな?」


「うん、、、」


「幸子のいい時間を彼にメールしておくよ、、」


そう言っているマイクの後ろの方で
一人で食事を終えたのだろうか、
男性が一人で席をたった。
ニックに似た後姿だった。

ここには何度かニックとも来ていた。
居酒屋スタイルのこの店を彼はとても気に入っていたからだ。

彼の姿を目で追った。
のどか乾くほど体温が上昇しているのがわかった。

マイクの話しなど、
頭に入ってこなかった。


その後姿は全く振り向かずに店を出た。
そしてそのまま夜の暗闇へと消えていったのを
見定めて
私は一気にビールを飲み干した。


「バンクーバーに来ているのかも、、、私の前住んでいたアパートに行ったのかも、
もう使っていない電話番号に電話したのかも、、、」



そんなことを頭でぐるぐる考えていた。



「ニックだったのだろうか?」


私の心にこの言葉だけが残っていた。


帰り道、マイクと私は手を繋いでダウンタウンを歩いた。
楽しいはずのひと時だったのに
私の心は彼に対しての
罪悪感でいっぱいになっていた、、、。



その夜、コアラちゃんからメールが入っていた。


「明日授業終った後お茶して欲しい、、」


短い内容だったが、とても心が落ち着いた。

第12話、結婚ビザ


コアラちゃんとダウンタウンのスタバに来ていた。

私はいつものごとく
ラテをオーダーした。
両手でカップを覆うように持ち、
手をあっためながら飲んでいた。

コアラちゃんも私の癖が移ったのか
同じような飲み方をしていた。




話し出したのは私からだった。



「でさ、話しあるんでしょ?」

「うん、驚かないで聞いてくれる?大声出さないでね、、」

彼女の頬は赤かった、
暖かいラテを飲み始めたからだと思っていた。



「あのね、ポールにプロポーズされたの、、」


「ええ~~~~~!!」

びっくりしたあまり
彼女との約束を忘れ大声をだしてしまった。

カフェにいる人たちは何事かと
私たちの方をむき出した。

私はちょっと肩をすくめ
彼達に笑い返した。
そしてすぐにコアラちゃんの方に向きなおした。



「で、返事は?」

半分身を乗り出していた。



「もちろんI WILL よ~~~!
こんな英語の出来ない私でも、プロポーズの聞き方と答え方は昔っから
知ってたの~~!」


彼女はとても幸せそうだった、
私も彼女の幸せがとっても嬉しかった。
彼女はとても明るいが、
その心の奥には辛い経験が見え隠れしていた。
中学で両親を失うなんて
私の想像を絶するような心の葛藤があったに違いない。

彼女の明るさはそんな辛い経験の上に重ね塗りされた絵の具のようだった。
完璧に塗りなおしたはずなのに、
まだところどころに下地の色が見え隠れしていた。


「でね、結婚ビザ申請するために結婚早くすることにしたの、、
ほら、私のビザってもうすぐ切れるしね、、」


「結婚ビザ?コモンロービザじゃないの?」


「うん、私ビザの事何にも知らないんだけどね、
ポールがコモンローは嫌だっていうの、ちゃんとけじめをつけたいから
結婚したいんだって、、、」


その言葉が少しだけひっかかった。
ニックもマイクも誰一人として
私に結婚ビザの話しをしなかったからだ、、、。


「ポールが言うにはね、最近の若い人ってコモンローが多いらしいって、、
でもね、彼の両親って18歳で結婚して今も仲良く暮らしているらしいの、
ああいう風な年のとりかたしたいんだって、、、
本当に夢見る夢男だよ~でもね~めっちゃ嬉しいんだ~」


「結婚式には絶対呼んでよね、」

それを言うのが精一杯だった。


「もちろんだよ」


比べたくはなかったが、コアラちゃんと私を比べていた。
私はもう1年以上もいるのに、
まだどうしていいか分からず迷っている、、、。
でもコアラちゃんはわずか半年で素敵な人を見つけ
幸せになろうとしている、、、

どこか違うんだろうか?

まだまだこの先にいろんなことがあるのだろうか?

不安で心がいっぱいになっていた。




「自分のしたいようにしなさい、そのかわり
自分で決めたことは自分で責任もてるぐらい
お前は強くならんといかんな、、、」

あの日の夜の父の言葉を思い出していた、、、。


「強くなるぞ、、、」

そう心でつぶやいていた。

第13話、元彼女

マイクの家はダウンタウンに立地した2ベッドルーム
と聞こえはよかったが小さかった。

特にメインベッドルームにあるクローゼットはかなり小さかった。



「私のものが入んないや、
ちょっと整理して物を捨てるしかないか、、、」


その週末は、マイクは出張でシアトルに行っていた。
私の荷解きはほとんど終っておらず、
いい機会だと思い、
マイクの居ないその日一日を色んなものを整理することにした。


クローゼットの奥の方から
大きなプラスチックの収納箱がでてきた。




中を開けると、
マイクと初めて会ったときに彼が着ていた服が出てきた。
彼に一目ぼれしてしまった私には
その服は忘れられなかった。

すごく懐かしかった。

それを自分の顔に押し当てて
力いっぱい深呼吸した、、

私の体の中は
マイクの匂いでいっぱいだった、、

シャツの脇の部分の匂いが特に好きだった。


「私ってちょっと変態かも、、」

好きになった人の全ての匂いを嗅ぐのが好きだった。


そのシャツと匂いは
付き合い始めた頃のことを思い出させていた。
楽しかった頃の事だ。

少しだけ余韻に浸りながら
箱の中にある服をかき分けていると、
長い髪の毛を一本見つけた。

長い黒い髪だった。

腰がありつやつやした髪だった。
私の髪はどちらかと言うと
細くて茶色かった。
私の物ではなかった。


「ウサギちゃんのだ、、、」


人差し指と親指の爪を立て
キューティクルテストをした。
潤いたっぷりだったのだろう、
その毛はくるくると綺麗な輪を描くように巻かれていった。


だんだん心が苦しくなってきた。
もちろんウサギちゃんは私の友達でもあるが、
こうやってマイクと暮らしていけば
嫌でもきっと彼女の影を色んな場面で見つけていくのだろう、


私の友達のウサギちゃんではなく、
彼の元彼女のウサギちゃんの影を。




それを考えるとかなり辛かった。

一年前、
彼は私を捨ててウサギちゃんを選んだ。
彼はウサギちゃんと結婚したいと思っていた。
最終的にはウサギちゃんに彼がフラれて
彼は私を選んだんだと思っていた。


ただ
私は人に愛されるという自信がなかった。



もしウサギちゃんがまたカナダに戻ってきて
また再びマイクとやり直したいといえば
きっと彼はウサギちゃんを選ぶだろう。

一人で暮らしていたときは、
どんなに辛いことが起こっても
毎日グラスに一杯だけのワインを飲んでいた。
もちろん金銭的なこともあったのだろうが、、、、
最近は飲む量が増えてきていた。
多い日には一人で一本半も飲むことは珍しくはなかった。

飲むと頭がふわふわして
色んな心の葛藤から開放されていた。



クローゼットの整理をしながら
すでにワイン一本は開けていた。

窓からは冬の青空が見えていた。
そんな綺麗な空を見ると、
急に何かに追われているように
心が忙しくなった。


もう立ち上がれなかった。


よれよれのスエットスーツの上下を着て
床にうずくまり少しだけ泣いた。


ウサギちゃんの影にただ怯えていた、、。

第14話、出会い系サイト


「あのね~実はね、、、私もカナダ人の彼氏欲しくってね、
このまえインターネットで募集したんです~~」


たまたま隣に座ったキリンさんが話しかけてきた。
彼女はとても綺麗でスタイルも良かったが、
彼女の髪はそんな綺麗な彼女には似つかわしくないごわごわの髪をしていた。



「髪がウサギちゃんみたいに綺麗だったか彼女もパーフェクトだったろうな、、」


彼女の話を聞いている振りをしながら
そんなことを考えていた。。
昨日の彼女の髪がまだ尾を引いていた。



「それでね、一日に30人ぐらいからメール来たんだ~
東はトロントから西はビクトリア在住の人まで、、
結局バンクーバー在住の人だけに返信したんだけど、
だって、遠距離なんて意味ないし、
毎日会いたいしね、、、」


彼女はかなり嬉しそうにしゃべっていた。
そんな嬉しそうな彼女を少し冷めた目で見ていた。



どうしてこんな綺麗な子が、インターネットで男を捜すんだろうか、、、?




「でね、明日そのうちの一人と会うんですよ~
結構写真では男前だったからちょっと期待してるかな~もし
これがうまく行けば幸子さんやコアラさんの仲間入りできる~」



日本に居たとき、一度だけそういう友達を募集したことがあった。
その時は5,6人からメールが来て、
その5,6人ともメール交換をしばらく続けていた。
1ヶ月もすると、そのうちの一人がわざわざ名古屋から私に会いに来てくれた。

とても感じの良い人だった。
友達ならいい感じの男性だったが、肌を合わせる事は絶対できそうにない
感じの人だった。
初対面だったのに、すでに肌を合わせるような事を考えている自分を
少し変だとも思っていた。



その日、私は車を出し、彼を色んなところに連れて行ってあげた。
彼は一日良い人だった。
少し外国かぶれしたかれは
女性をエスコートするのになれていた。


最後に彼を駅まで見送ろうと車を走っていると
彼が提案してきた、、、。

「疲れたからどこかで休憩しない?」


その意味は、どんなに鈍感な女でも分かったであろう、
駅まで続く高速の両側に
赤いネオンのホテルが見えていた。

私は用事があるから早く帰らないといけないと言い訳をし、
彼を駅で降ろして帰った。

自分が馬鹿に思えてきた。

「何やってたんだろう?
何のためにあんな男にあったんだろう、
最初のデートでいきなりラブホテルにさそう男、
私の事をそんな女だとおもったのだろうか、、、」


自分が惨めで情けなかった。
娼婦のレベルに落ちたように思えた。



「出会い系サイト」
その言葉が頭の中をよぎった。


「皆何を求めて会うんだろうか、
一夜限りの恋か、それとも永遠の恋か、、、、、」


その彼の申し出を断ったからだったのか、
彼からはその後メールは来なくなった。


妻子持ちとの関係を終らすために
無駄な抵抗をしていた。
そして肌を合わす事も想像できない男に会うたびに、
肌を合わせることになれきっていたあの人に戻って行った。



そんなことを考えている私の隣で
キリンちゃんは明日どんな会話にしたらいいかと
悩んでいた。



昔見えなかったことが
どんどん見えてきているように思えた。


「年を取ったのかな、、、」


嫌な過去を思い出したせいだろうか、
マイクにすごく会いたかった。

第15話、面子



それから2日後の朝、キリンさんは
私の元へ勢いよくやってきた。


「聞いて~幸子さん、昨日のこと~
結構カッコいい人だったの、
今日もね、会う約束しちゃった!」


彼女はすごく嬉しそうに話し出した。
彼女は私と全く違う人間だった。
美人な子として生まれ育った性格をしていた。



私は昔から秘密主義だった。
いや、秘密主義というよりも
自分の全てを友達に話し、後で駄目になった、
というのが嫌だったのだろう。
変にプライドが高い上
自分にまったく自信がなかった。
そんな自分が大嫌いなのに
キリンさんのように振舞うことが恐かった。
自分が思う以上に弱い人間だった。


あっけらかんと色んな事を包み隠さずしゃべるキリンさんを少し羨ましく思えた。


「彼ね、日本語も少し出来るんだ~
身長も高いし、顔も私好みだし、結構いけるかも、、」


そういいながら、
私を上目遣いでみた。
少しだけどきどきしていた。

こういうタイプの女の子は、
色気が自然と身についているのだろうか、
私まで彼女の色気パワーに押され気味だった。


「ちょっと気になることがあるんだけどね、、
なんか恥ずかしいんだけど、
彼、日本のアニメオタクみたいなんだ、、、

急にアニメの主人公の名前が出てきたりして、
ちょっと戸惑うことも多かったんだけど、

とりあえず、しばらくは友達として,会ってみたいな、って思ってるんです」


彼女の最後の言葉がかなり気になったが、
何も言わないことにした。


こんなぶすな私g変に助言でもすればやっかみと思われるかもと、
思ったからだ。
最後まで自分の面子のことばかり考えていた。


「頑張ってね、」


心にもない言葉に自分でも恥ずかしくなった。
でもそんな私の心を知ることなどできぬほど
彼女は若く綺麗だった。


その日の夕方はグラントに会う予定だった。
キリンさんの話しはまだまだ続いていたが
何故だか私はグラントの事を考えていた。


その日着てきた服をグラントが気に入ってくれれば、、
そんなことばかり考えていた。

第16話、恋愛対象



「彼はね、親から土地をたくさん譲り受けているけど、それよりも彼が若い頃始めた
事業が成功したのと、その成功した報酬を株につぎ込んで
大もうけしたらしいんだよ、たいした男だよ、、」


グラントに会い出した頃にマイクが私にそう言った。


長く連れ添った妻とは4年前に離婚し、
財産も半分もっていかれたそうだが、それでも彼は裕福だった。
二人の間には子供が二人いたが、
二人とも成人しておのおのに家庭を持っているらしい、
いわゆる彼は孫のいるおじいさんだった。


若い頃に5年ほど日本に住んだだけだと彼は言っていたが、
それからも怠らず日本語を勉強していたのだろうか、
私が教えるまでもなく、彼の日本語は問題なく話せていた。


1時間ほどのレッスンも、今日で5回目だった。
来るたびに彼は私に$300をくれた。
最初は断っていたが、
彼のあまりもの強引さに、
抵抗なく受け取とるようにした。
レッスンが終った後は
決まってお昼を食べに素敵なレストランへ連れて行ってくれた。

いつも行くレストランはオーガニック素材を中心に料理を出しているお店だった。


「これからは、オーガニックを使っているお店が流行るだろう、
もし商売をするなら自然にいい事体にいい事は何かを考えながらすればいい、、
これからはそんな時代が来る」

彼はよくそんなことを言っていた。
もちろん商売なんかする気などない私は
そんな話しを右から左に聞き流していた。


「君はさゆりって言う、昔日本に居たときに知り合った女性に似ている、、」

私を愛しそうに見ていた。
かなり鈍感な私でも明らかに彼は私に気があることは分かった。



初めて聞くさゆりという名前の女性と私を重ね合わせているのだろうか、
彼の視線は過去を回想するかのように彼の手に持った
ワイングラスに注がれていた。

彼の手はスリムな体とは違い、
すこしぷよぷよしていた。
若いときによく海へいったのだろうか、
手には沢山のシミがあった。


彼の手が生理的に受け付けなかった。
シミだらけの手が私の体を這うことを少し想像したが、
私にとってはかなりおぞましい光景に思えた。
それに今は私にはマイクがいる、
どんなにこのおじさんが頑張っても
彼とどうにかなることは考えられなかった。


気がつくと
彼は私をじっと見ていた。
今考えていた破廉恥なことを見透かしているかのようだった。


「そろそろ行こうか、、」


彼は静かに行った。


「あ、それとこれは今日の分」



彼はそういいながら、$300の入った封筒を
テーブルに置いた。
私は何も言わずそれを受け取りかばんにしまった。


きっと誰かがこの光景を見ていれば
かなり変に思っただろう。

立ち上がると同時にウエイターが私の椅子を引いてくれた。

軽く立ちくらみを覚えた。
昼間からワインを飲みすぎたのだろう、

気がつけば
彼は私の肩をそっと抱いてくれていた。

第17話、ラテ



学校の帰り、
偶然にキリンさんのアニメオタクのお友達を見た。

見た目は身長も高く
そこそこ男前だった。

キリンさんを待っていたらしく
今から二人はどこかでランチをする予定らしかった。

キリンさんがお互いを紹介した後、
彼は私に話しかけてきた。



「キロウセンシカンラムピューティパニーパローピティーチャン。。。。。。」


まったく聞き取れなかった。
かなり強いアクセントのある英語だと思った。

もう一度聞きなおすと、
彼はかなり自慢げな顔でもう一度答えた。


「機動戦士ガンダムキューティハニーハローキティーちゃん」


びっくりした。
英語ではなく彼は日本語をしゃべっていたからだった。
そんな彼の横で恥ずかしげに彼を見つめているキリンちゃんを見て
もっとびっくりした。

何かがおかしいと思ったが、
何も言わずにいた。
人のことがいえるほど
私もまともな恋愛をしてきたとは思えなかったからだ。


「じゃ、私帰るね、、」


今日の夜はマイクが帰ってくる、
早めに帰ってちゃんとした夕食を作っておいて
あげたかった。

私はそのままキリンちゃんと、彼女の変な友達と別れ
足早に家に帰った。


夕食の準備を終えた後、
マイクが帰ってくるまで時間があった。
平和な時間、愛する彼がもうすぐ帰ってくる。
私は夕食の準備を彼の為にしている、
全てがパーフェクトだったのに、

どうしてそういう衝動にかられたのだろうか?


今までそんな衝動にかられた事はなかったのに、
その日は無性に彼のアドレスが見たくなった。
彼の秘密を見つけ出したい衝動にかられた。


この世の中には知っていい事と
知らないで幸せ続けられることがある、、、
そんなことは昔の経験から百も承知だったのに、
彼の秘密を知りたかった。


私の気持ちは
クリームの乗ったラテのようだった。
上ののったクリームが「何もなければいい」
その下のラテは「秘密か見つかればいい」、、、。

彼のアドレスを開けた。
一つ一つの内容をチェックしていくうちに
泡ばかりのクリームは
濃すぎたラテの熱さに負けて溶けていった。


嫉妬深い女になっていた。

第18話、鶴の恩返し



辛い経験から十分に学んだつもりだった。

世の中には知らなくていい事があったことを。

10年間付き合った彼はまだ優しかったんだろう、
二人で居るときは、家族の話しは一切しなかった。

そんな不自然なまでの彼の閉口に
私の想像は掻き立てられていた。

「ね、奥さんってどんな人?どんな髪型?どんなものがすきなの?」

そんな質問を興味本位で聞いたことがあった。

彼はそんな質問には本気で応えず、
私はいつもはぐらかされていた。


ある日、彼の家の前でストーカー行為をしていたときに
偶然彼の奥さんを見た。
セミロングの髪型に膝が少し隠れるぐらいのプリーツスカート、
上はクロのモヘアのセーターを着ていた。

どこにでもいるようなありきたりの格好をしたその女性の姿からは、
男に守られている安心感と幸せが漂っていた。

そんな彼女の姿に
しばらくは心臓が止まりそうなほどどきどきして
息が出来ず苦しくなっていった。



それ以後も彼とは頻繁に会い続けたが
二人の楽しいひと時を打ち砕くように
彼女のあの姿が影をつけて私達の間によく現れた。

その姿を思い出すたびに
彼を愛する気持ちと、彼女に対する罪悪感と、意地と見栄と嫉妬で
狂いそうになっていった。




今にも切れそうなロープにピエロの格好をして
綱渡りをしていたのは私だった。

切れるはずも無いと信じきっていた。

今思えば、そんな状況では長くは続くはずは無いと
分かるのに、
そのときの私は
綱の向こうに彼が待っていると信じきっていた。

ロープが切れて落ちた後もおどける余裕すらなかった。
惨めな女だった。










「まだまだ寒いけど風邪などひかないように暖かくしててね、
夏前に遊びに行くよ、待っててね、    ウサギより」



ウサギちゃんからマイクに宛てたメールだった。
そのメールを読んだ後、
綱渡りのロープが切れる音が
どこからか聞こえたようだった。


二人は寄りが戻っていたのか、
それとも最初から別れていなかったのかわからなかった。
唯一つ分かっていたことは、
彼女と争っても勝つ見込みなどないほど
大差はついていた。

美人はいつも優遇され
ブスは足蹴にされるのをおどけるしかないのだ、、。

私は何度勉強しても同じ事を繰り返えす、馬鹿な女だった。
そして今回もおどける余裕を残せないほど
彼を愛しすぎていた。





気がつけば一人ロブソンどおりを歩いていた。
目から涙が止め処もなく流れてきた。

「見るべきじゃなかった、、、」

ほとほと自分が嫌になった。
なのにまだ自分を信じていたのだろうか、
海まで歩いて行っても飛び込む勇気さえなかった。


                          続く


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